EMAとは



Excellent Marketing & Advertising

1956年9月、沖縄に上陸した台風12号は、
多くの人家を破壊し、道を壊し、暴れ周って去っていきました。※

この台風により確かに甚大な被害を受けましたが、
県民の復興に対する熱意は、より美しい県土の再生に成功しました。

自然のスクラップ&ビルド。

人々は、この台風に“エマ”と言う呼称をつけて、深く記憶にとどめることにしました。

たとえる事ができるならば、台風は巨大なエネルギーを持った社会。
そして、エネルギーの源は、情報という凄ましい風と雨。

我々は、常にその中心にいます。
渦巻く情報を適確にとらえ、そのエネルギーを社会やお客様に送り込みます。

……これが、当社が提唱するエクセレントマーケティングです。

単に、広告の制作、メディアバイングが、我々の仕事ではありません。
一社一社、一つひとつのクライアントに応じた、
エクセレントマーケティングの具体的な展開が、究極の目的です。

クライアントの数を闇雲に増やすことなく今、お付き合いしているお客様とじっくり深く。

エマエンタープライズはそんな会社です。
是非一度、エマエンタープライズをお試しください。

※エマ台風はこのとき、最大瞬間風速73.6m、最大雨量380mm/hを記録。
 沖縄県の建築条件は、これを上回る設計をするよう定めています。

■エマ台風とは…
1956年9月3日に発生した台風エマは、同月7日夜から9日未明にかけて、沖縄本島で猛威を振るい多大な被害をもたらしました。最大瞬間風速は、後に分かった73.6m/s。これは当時の琉球気象台(現・沖縄気象台)で発足以来初の観測不可能に陥るほどの強風でした。また、それだけにとどまらず降水量も過去最高の380mm/hを記録。2日間止むことなく続いた風雨は小さな島国に大きなダメージを与えました。
被害は至る所に及び、大量の雨による浸水や氾濫が随所で発生。避難を強いられる人が多くいる中、交通機関も途絶え、電線の切断により外部との通信が遮断された住民は不安な夜を過ごしました。
そして9日朝、暴風警報が解除されて明らかになった被害状況は、死傷者多数。建物の倒壊は6800余り。被害をまともに受けた中南部では決壊した道路の上に折れた電柱や飛ばされた屋根が横たわり、農作物はほとんど全滅状態だったと言います。
変わり果てた島の姿に愕然としながらも、エマ台風が去った沖縄では長くつらい復旧作業が始まりました。例年に比べて台風の被害が多かったこの年は、災害対策費のほとんどを使い切っていたため、各地からの援助や多くの励ましが復旧の支えとなりました。政府は、住宅や食糧を失った人々に食糧の無料配布を行い、パトロールカーによる救助救護、配電の復旧など対処に全力を尽くしました。
また住民たちも沖縄を何とか本来のあるべき姿に戻したいという一心から立ち上がり、自分たちの手で復旧作業にあたりました。その結果、以前にも増して美しい姿を取り戻すことが出来たのです。
戦後最大といわれたエマ台風は沖縄に大きな爪痕を残しましたが、同時に支えてくれた人への感謝の気持ちや、復旧の原動力となった郷土を愛する想い、住民同士の強い絆など、人の素晴らしさを再認識させてくれた出来事でもありました。